ロバート・ローザ元米財務長官は
「べーカー発言でプラザ合意以降築き上げ、定着した各国の政策協調に対する信認が崩れた」
・・・と言い切りました。
各国が修復を装っても、市場参加者の心の中には疑念が残り、その後の市場の展開にも微妙な影響として出てきます。
特に今後、インフレをどう退治していくかが、協調体制、ひいては世界経済の安定につながるカギとして重みを増してきます。
株価暴落以来、88年春ごろまでの主要国の金融緩和が背景となって、各国のこの年の経済成長は次々と上方修正されるほどになりました。
完全雇用状態で設備もフル稼働に近い米国を筆頭に、需給逼迫からインフレ懸念がじわじわと広がってきました。
88年8月には米国がインフレ防止のために抜き打ち的に公定歩合を0・5%引き上げ、西独も対抗するように同じ幅の引き上げに踏み切りました。
遺恨試合の再現のような両国の動きに、ベレゴボワ仏蔵相は
「国際的な協調を欠いたもので、一時的にせよ通貨の危機を招いた」
・・・と厳しく批判。
さざ波のわき立つ中で、象徴的なのは日本の存在でした。
国内景気は順調な拡大を続け、物価も安定している日本は各国から"最後の砦"として扱われ、日本の利上げ決断は禁忌であるかのような趣さえあります。